2018年05月11日

「オンライン」と「オフライン」。

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前回書いたブログ記事の反響が意外とあったのでそれに付加する事を。

http://taroayu2008.com/article/459003586.html

読んで頂ければ「結構むずい」事をやってます(笑)。と言うか「邪魔くさい」事をやってます(笑)。

「普通にパソコンでかきゃ~いいじゃん」とか「普通にスマホでかきゃ~いいじゃん」と。

僕も同感・・・なんだけど。

究極の答えがあるんですね。僕の中では。

それは

「自分に無理をしない」事と「何処に居てもブログが書けて・アップできる」

でした。

P_20180511_094701_vHDR_On.jpg

こんな感じですね。下がポメラで上がスマホ。重さも500g程度だし、意外とコンパクト。

基本「オフライン」状態で物事(思案)は浮かぶ。絶対的にオンライン状態で記事が浮かぶ・・・なんて殆どありませんで。実際オンライン状態時は「無理して絞り出す」場合が殆ど。んで、無理して思案した記事を書くもんだから「無理記事」が増える。って悪循環になるんです。

これ、意外と解っている様で解っていない人が多い事多い事。

会社行ってパソコンの前に座って無理強いをして仕事をしているのと同じ。無理やり記事をひねり出し思案し書いている。

以前の僕がそうでした・・・って言うか「ブログ=パソコン」って当たり前にインプットされてたから、考える事も無く、そうしてた。

けどね。

ろくな記事、書けないのよ(笑)。その場で書いてるから。

んでさ。オフライン状態で、何とか出来ないか?・・・って考えている時に「モバイルボヘミアン」の本を読んだんですね。で「これだ!」と来たわけ。

あ、実際に「オフラインで書く方法」が書いてあるわけではないんですよ。

どやうやったら自由になれるか?が書いてある。

そこからヒントを貰った。

で、探し始めて思案し始めた。で、結果。前回の記事に書いた通り、自分なりの「オフライン」で書く方法を構築できた。

この思考。基本は

「アナログをデジタルで出来ないか?」って事ですね。

僕は元々情報処理(MS-DOS)の仕事を勉強し,やっていたので、基本、全てパソコンの「メモ帳」で作成する。これ、短く詳しく書くと・・・MD-DOS自体のプログラムはエディタで作りますのでいわゆる「メモ帳」が基本。とにもかくにも「メモ帳」書いてました。ので、今でも「メモ帳」で殆どをこなしています。ちょい話すと演奏会の簡単なポスターやチラシ等も全部メモ帳で作ります。当然写真も入れて。パワポとかワードとか・・・他にも色々と便利なソフトはあると思いますが、僕は基本。どの作業でも「メモ帳」があればやっちゃいます(笑)。

なので、「メモ帳」・・・って「アナログなデジタル」だと思っています。

たぶん、今のパソコンやスマホユーザーは殆ど「メモ帳」なんぞ使わないかと。

なのでオフラインでもメモ帳にこだわった訳ですね。こだわった。

だって「一番簡単で一番べんりだもん」と言うのが僕の感想。

で、探すとポメラ。

メモ帳で2万だからね(笑)。

でも、オフラインでのメモ帳ってポメラしかないんでね。買いました。

お陰でオフラインで殆どの作業をこなしてます。





オンラインが当たり前なので

オンラインで考えるのが

当たり前に

なってませんか?






僕はココに気づいた。

良い案は「オフライン」の方が浮かぶんだ・・・って事に。


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posted by taroayu at 10:16| Comment(0) | 思案的な事 | 更新情報をチェックする

2018年05月08日

一昨日の震度3が来て、思った事。

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久しぶりに余震らしい余震が来ました。

震度3。

僕の家は5階なので「結構な」揺れでした。震源地は宇城地方で震度4。熊本地方は震度3。まぁ、間違いなく熊本地震の余震ですね。最近は本当に地震(余震)が来ませんでした。2年目の4月半ばに震度1クラスが数回。

まぁ、忘れる位に余震が減った訳です。が・・・。一昨日の震度3で振り出しに戻りました。「怖かった」んです。15秒ほど揺れたのかな。

「あっ、マズいかも・・・」と感じる程の長さの揺れでしたから、一瞬「大きくなるとイヤだなぁ~」とも思いましてね。

で、余震が落ち着いた時に思った訳です。「地震半年後の時みたいに(いつでも逃げれる様に)準備しとかなきゃ」と。

んで。再び地震当時に所持していたバッグに再び避難用具を入れ始めた。

ラジオ
500mlの水のペットボトル2本
靴下
タオル
電池
乾パン
懐中電灯

を入れて寝床に置いた。

熊本地震を経験上、寝室から居間を抜け玄関に行くルートしか確保出来ない為、玄関にズボンを掛けている。そうすれば余震が大きい場合、治まった後に寝室に持ち込んだバックを所持し最短ルートにて玄関でズボンを履いて外に出れば良い。

これは2年前に経験した時に行動したパターン。

最初の地震が大きかった為、それ以降も必ず地震が来ると予感していたんですね。なので嫁と僕で上記の様に準備していたんです。結果、翌日の深夜に「最初の地震より大きい本震」が来る羽目となってしまったんですが、急いで外に出る事が出来ました。

一昨日の震度3で・・・何となく「いや~な予感」を感じたのでね。再度用意しました。

経験上「地震当日」が「何も手に入らない」ので「水・乾パン」は必須。それとラジオ。結局の所、やはりラジオ以外に情報のツテが無いのも経験済み。被災者自身がテレビの震災画面を見れるか・・・って言うとね。見れません。やっぱ。なのでラジオの災害情報が一番役に立ちました。思い出すに地震当日から約1週間位はNHK(熊本)もRKK(熊本放送)も24時間連続で震災情報を流してましたから。僕らも2週間はラジオしか聴いておりませんでした。

当然SNS等も利用はしていたんですが、真意と善意の区別が難しく余り頼りにはなりませんでした。

それと新聞。当時は夕刊も購読していたので・・・震災翌日からは新聞も情報源になりました(過去、書いた記憶があるのですが・・・地震当日(夜)の翌日の午後3時過ぎには夕刊が配達されていました(笑))。

と、色々と書きましたが・・・準備はして置いた方が良いかと。

いついかなる時に地震が来るかは、誰にも解らないので。

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posted by taroayu at 13:46| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年05月02日

「低音障害型感音難聴」その後。完治して・・・1年後の今。

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たぶん、ほぼ1年かと。
「完治」・・・って訳ではないんだけど。まぁ、治りました。
が・・・。現在は左耳の方に「重さ」を感じたままの生活。正確に言うと「耳内」の中に水が若干溜まった感じ・・・って感じ。
聞えは問題なく両耳とも聞こえる。昨年の12月初旬、仕事先で依頼先と衝突があり結構なストレスを抱え、そのまま再度「右耳が低音障害型感音難聴」へ。かかりつけの耳鼻科へ出向き再検査。で右耳の低音難聴が再発確認と言う事になってしまった。この時はイソバイドシロップを外した処方箋(ビタミンと血管を広げ内耳の詰まりを緩和する薬)の2種類で1週間の様子見・・・って事になりました。

1週間後。再検査で元通りに戻りました。元の聞こえに戻った訳です。

この時「あぁ、やっぱストレスなのか」と確認できました。心、穏やかに過ごす期間が必要なんだとも思った訳です。

これ以降、普通に仕事に戻り普通に生活。再発は無し。

と安心してた矢先。

今度は「左耳」に違和感が。今年の3月末。朝起きると左耳の中に違和感が。こう~、何と言いますか・・・カタツムリの中に水が溜まってる感じ。がしましてね。これが結構強め。

「あ、やばくね」と思ったんですが、聞えは問題なし。普通に聞こえてる。

なので、暫く様子見をしてました。なんせ「聞えない」ではなく「聞える」んでね。

で、現在。本来の低音障害型感音難聴を患った「右耳」は昨年の12月以降。何の問題もなく聞こえます。また、左耳。こちらは「若干の重み」が残っているものの、聞えに問題はありません。今の所、両耳とも聞えます。

ですが・・・難聴の度合いが少し進行した感じは歪めません。難聴が進んだ。

高音はゼロレベルで聞えないので・・・低音だけが頼りなんですが、この低音障害型感音難聴を患ったお陰で、少し聞き取れ無くなったのは事実。

結論としては「低音障害型感音難聴と判断したら、即病院へ行き治療を受ければ治る」は正解。だけど、その後は再発・誘発は免れないかと。なので、僕が気に留めている事は

1.イヤホン(片耳・両耳とも)を付けない。
2.うるさい場所へ行かない(機械音の多い場所、仕事)。
3.ストレッチ(ヨガも含む)をする。
4.ストレスを感じたら休む。

の4つ。これを徹底してます。やっぱ「聞えない」のストレスと恐怖はハンパないので。

両耳が聞こえる・・・って言う有難み(治ってくれた)と、極力再発防止を兼ねて今後の生活に上記の4つは自分に課しました。

今後も、参考程度にこの低音障害型感音難聴については経過を書いて行きたいと思ってます。

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posted by taroayu at 09:37| Comment(0) | 低音障害型感音難聴 | 更新情報をチェックする