2017年03月24日

何故、歩数計を持ち「ウォーキング」をする事になったか。

何故、歩き始めたのか。何故、ウォーキングを始めたのか。

この流れはかれこれ10年程前に戻ります。当時は僕の祖母、母、父親とも健在でした。現在は全員他界。なので過去話ですが。
祖母は93歳で他界。お袋76歳で他界。親父は79歳で他界。祖母は93歳で入院こそしてたんですがベッドに寝た切りではなく自分で歩いて食事を取りに行ったりトイレに行ったりしていたんですね。本当に「ゆっくり」とではあったんですが自力で歩いて病院内で用事をこなしてた。ただ、場合によっては車椅子に乗ることも多々ありました。ですが基本「背筋を真っ直ぐ」に伸ばし(腰が曲がらず)歩いてた。最後の日まで歩いていた様子です。これ、本人から昔聞いた事ですが「若い頃は歩いて山ふたつ超えて商売(行脚)をしていた」と話していたのを覚えてます。当然大正生まれなので自転車なんぞ乗れませんで。で、終始「あるいて」た。当時の僕の実家からスーパーがある場所や温泉(僕の生まれ里は温泉地なので)に行くにも常に歩き。ゆうに80を超えた時でも歩いて買い物に行ってた。

とにかく「歩く」人でした。

運動なんて全くしない人なんですが「歩く」のは常。バスに乗ってるのも余り記憶にない(笑)。基本やっぱ「歩い」てたんですね。なので亡くなる93歳まで背中も曲がらず「ゆっくり」ではあるけども「歩い」てた。最後まで車椅子ではありませんでした。

これと対照的なのが、お袋と親父。老衰で病院に入院した時点で殆ど「車椅子」。正確には2人とも病気で入院したんだけども最終的には老衰と病気で他界したんですね。お袋は実家を出る前から。親父は入院してから。殆ど車椅子生活へ変わったんです。この2人に共通する事が「歩かない」。お袋は殆ど自転車。親父は車。当然「運動」を意識してやってるなんて無かったから殆ど運動は無し。で、歩かない。

思い返すにたぶんココがキーポイントではなかろうか・・・と思案したんですね。

自分の肉親ですからね。批判ではなく反面教師として思うんですね。

分かれ目は「歩く」と言う行為ではないかと。

祖母はひたすら歩いてた。

お袋と親父は普通に生活してた。でも「歩く」という行為を意識せず。

ココが分かれ目ではないかと思うんですね。

歩く事。

3人とも順番に看取り今思う事。

歩く事

最後まで「自分で」いる為には「歩か」なければいけない。そう肉親を見ててそう思ったのです。
その切っ掛けは祖母の他界とお袋の足の細さ。特にお袋の入院後の足の細さには泣きそうになりました。常に車椅子なので足の筋肉が弱り「骨と皮」だけになってしまっていた事に泣きそうになるのです。親父も最後は同じでしてね。足が「骨と皮」でした。その触った感じを今も鮮明に覚えています。

やはり親はある意味「反面教師」なんですね。僕は「そうなってはいけないんだ」と切に思い、祖母が他界した後、歩き始めたのです。

始めた当時は持ってたスニーカーにジーンズ姿で川沿いをただひたすらヤミクモに歩いた。距離も気にせず道を折り返すだけで歩いていたんですね。それを2~3か月。流石に「どれだけ歩いているのかが解らない」事に気づき・・・100均に売ってある歩数だけカウントの歩数計。いわゆる「紛れもなく歩数計」を手にし歩く。でもね・・・歩数のカウントがいい加減(笑)。そりゃそうですよね。100円だもの(笑)。で、そのうちスニーカーで歩くのも足が痛くなった。ので安スニーカーを購入。で、この際だから・・・でまともな歩数計(ウェルネスリンクの歩数計)を購入しルートも距離もちゃんと確認し、まともな「ウォーキング」を始めた。

それが4年前。

現在は2日に1度のペースで約8キロから10キロを歩いている。時間にすると1時間と15分程度。意外と早いペースで歩いている。また、完全に「習慣化」出来ているので「歩かない」と言う選択値を用意しなくなった。歩数計は前回話した通りにウェルネスリンクから伊能忠敬歩数計へと変えた。今では普通に運動トレーナーを着、ナイキのシューズを履いてウォーキングをしている。今は歩くスタイルとしては完成しつつある。

次回は「歩いてどう変わったか」を書きます。

ではまた。


posted by taroayu at 10:39| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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